A: これには、いくつかの理由があります。その中には、ダウン症児の親でないとわからないとても大切なことが含まれています。そのため、ダウン症児の親の会は、母体血清マーカー検査によるダウン症胎児のスクリーニング化に、反対しています。

 この検査に反対する一つの理由は、この検査はダウン症胎児のすべてを検出することができないという技術的な問題があって、きちんとした説明なしに導入されると、かえって妊娠期のお母さんの混乱を招く結果になることが考えられます。さらに、現在の日本においては、胎児スクリーニングに対する社会的な議論がまだされていないうえに、検査結果に対する受け入れの体制が全く無いに等しい状態です。したがって、現段階での胎児のマススクリーニングとしての母体血清マーカー検査の導入は、早すぎると考えています。

 二つ目はもっと重要なことです。世の中のほとんどの人が、ダウン症の人について知らないこと、理解していないことが現にあるにもかかわらず、この検査はあなたに対して、ダウン症の胎児の命を左右する決定を迫るものであるからです。知らないことに対して重要な判断をする事は、普通にはなされないことです。

 三番目の理由は、母体血清マーカー検査などの胎児スクリーニングは、「いのちの選別」につながる危険性を持っているものです。障害者は社会の役に立たないのにお金だけ食うお荷物のような存在だとする方は、それ程多いとは思いません。しかし、そこまで行かなくても、障害を持つことは不幸であり、そのような人をできるだけなくし、幸福な社会を作ろうという考えから、「障害者のいない、よりよい社会」をつくるため、検査をすすめる方は多いのではないでしょうか。しかし、そもそも「障害があるから中絶する」というのは、現在生きている障害者の存在まで否定することにならないでしょうか。

JDSNからのメッセージ

 障害者やその家族はほんとうに不幸な存在なのでしょうか。障害者にあまり親密に接したことのない人が、そのように推測しているだけではないのでしょうか。ダウン症児の親となる前の私たちも、ダウン症の人たちについてはよくわかりませんでした。

 きっと、あなたは、ダウン症の人たちのことをよくは知らないはずです。ダウン症を持って生きる人と一緒に暮らしている私たちは、その良さをわかっているから、母体血清マーカー検査などの胎児スクリーニングに対し、反対しているのです。

  私たち、ダウン症児を持つ親は、ダウン症児を授かったときに医者から告知を受けました。多くの親はそのとき、非常に大きな悲しみ、ショック、不安に見舞われました。

 なぜそうなったのでしょうか?わかりますか?

 それは、私たちは、普段の生活の中では自覚してはいないのですが、知的障害者に対する差別意識、偏見や誤解を持っていたからなんです。

 ダウン症の子どもは、普通、近親者に同じような障害を持った方がいない夫婦に突然に生まれてきます。ですから、知的能力のみで人を計るような現代の効率主義的な教育を受けてきた私たちにとっては、大きなショックだったのです。

 母体血清マーカー検査による胎児スクリーニングは、身近に障害を持った人と接したことのないあなたに、突然「おなかの赤ちゃんは、ダウン症という知恵遅れの子どもかもしれませんよ」と告げることです。それは、私たちがダウン症の子どもを出産したときと同じ絶望感を与えるものであることは、私たちの経験から容易に想像できます。

 また、障害を持った子どもを生んだらその子がかわいそうとか、障害を持った子どもを育てていくのは大変、とか、障害児を生んだと非難されるのではないか とかの思いを誰しも持つと思います。それは、健常な人間の思い上がりなのです。障害を持った人々に対する偏見なのです。全ての障害者が自分自身が不幸と思っているの ではないのです。健常者の中にも、自分を不幸と思う人もいれば幸福と感じている人もいると思います。それと何も変わらないでしょう。そして、今では、私たち親は、ダウン症の子どもを健常児と同様に可愛いと思い、愛しています。

 また、知的に優れていることだけが人としての全てではないことも子ども達から学びました。細やかな感情、優しい思いやりの心、美しいものに感動する心、きれいなメロディを愛する心、それこそが、人と人をつなぐものであるということも気付きました。もし、私たちがダウン症の子ども達を持つことがなかったら、そのようなことを気付かなかったか、もっと後になって気付いたのではないでしょうか?

 ダウン症など障害を持つ子ども達は効率とは無縁ですが、社会のあり方や人の生き方に静かに警鐘を与えてくれている仲間なのかもしれません。

 また、胎児の段階での「いのちの選別」は、差別をより拡大し、人類に新たな大きな不幸をもたらす結果につながらないのでしょうか?

 知能優秀、容姿端麗、スポーツ万能、しかも健康にも全く心配がないパーフェクトな子どもを求め、生まれようとする生命に○×をつける。もし、そんなことに出生前診断が利用されるようになれば、どんな社会になるでしょう。 障害を持っていても、精一杯、自分の人生を楽しんでいる人は大勢います。いろんな人がいて、人間社会は成り立っています。

 もう一度よく考えてみて下さい。生まれる力がありながら、生まれさせられないことの方がずっと、その子にとってずっと不幸なことではないでしょうか?


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