遺伝子診療における倫理・社会的問題



武部 啓   
京都大学大学院医学研究科放射線遺伝学教室 教授   

■はじめに

 今日、遺伝子やDNAといった言葉は、医学の分野に限られた専門用語ではなく、日常 社会で、あたかも流行語のように目につくようになってきた。TVコマーシャルには「キ ムラの遺伝子」が人気グループSMAPの番組の合間に現れるし、NHKの番組にポップ ソング「DNA」(川本真琴が歌う)が登場したこともある。「松たか子のDNA」特集 記事を載せた雑誌もあった。

 このような「遺伝子」「DNA」の氾濫と、新しい医療としての遺伝子診療は、診療を 受ける患者にとって、どのように結びつくのであろうか。一方、診療を行う医学の側では 、遺伝あるいは遺伝病という困難な問題と、華々しい研究の進展を示している遺伝子研究 の明るさとの対比に注目している人は決して多くはないのではないか。私は、その底流に 存在する大きな認識のギャップをとりあげることから論議を進めたい。

 私がこのような課題で執筆するには、二つの動機がある。第一に私は京都大学の医の倫 理委員を約10年つとめてきたが、その間に遺伝、あるいは遺伝子がからむいくつかの問題 に対処せざるを得なかったこと、そして第二に1992年以来、ヒトゲノム解析機構(HUG O)の国際倫理委員会の一員として、ヒト遺伝子解析に伴う倫理問題の検討に参加してき たことによる。ここでは、それらの経験から、現状と問題点を紹介するとともに、私自身 の見解も述べたい。


I.遺伝子研究にはどのような倫理問題があるのか

 いくつかの例で考えてみよう。多くのヒト遺伝子がクローニングされ、いわゆる遺伝子 診断が可能である疾患が増えている。その中には診断はできるが全く治療法のない疾患も ある。


 1.Nancy Wexlerと知らない権利

 その代表例であるハンチントン病の遺伝子クローニングに名を連ねているウェクスラー (Nancy Wexler)は、母が患者であり、自分には1/2の確率で遺伝子が伝わっていて、将 来発病する可能性がある。ハンチントン病は常染色体優性遺伝で、発症は通常40歳以後で ある〈図1〉。自分の研究成果によって、自分の遺伝子診断ができるようになった時、Na ncy は悩んだ。もし遺伝子が自分に伝わっていて、自分が何年か後に、かつて母が苦しみ ながら死んだ姿と同じ運命である、とわかったらどうする。彼女の結論は「知らない権利 」あるいは「知らされない権利」であった1)。これをきっかけに、Nancy は遺伝子解析の 倫理問題の研究者としてアメリカの中心的存在になり、私たちのHUGO倫理委員会の2 代目の委員長にも選ばれた。

   図1 1968年,母(Leonore,53歳)が発病した時のWexler家

Alice とNancy には、母から1/2の確率で優性遺伝するハンチントン病遺伝子が伝わって いる可能性があった。父は、2人の娘が母の年齢に達するまでに、この病気が治るように なってほしいと遺伝病研究財団を作り、後の遺伝子発見に大きく貢献した。Wexler家の歴 史は、Alice Wexlerの著書、Mapping Fate(Univ California Press,1995年)に詳しい。

 2.保険と遺伝子検査

 アメリカでは、生命保険も健康保険もすべて完全に私企業が扱っていて、個人加入であ る。前々から遺伝的な疾患の人が加入を拒否される例が多かったが、近年いくつかの疾患 について、遺伝子検査を求める保険会社が増え、検査を受けなければ、親族に患者がいる だけで加入できない人が多くなってきた。ウイスコンシン州がそれを違法と決めたのをき っかけに、強い批判の声が高まり、1996年には、保険会社が遺伝情報を入手することを禁 止する法律がアメリカの議会で成立し2)、1997年7月から施行された。

 3.ヒトの遺伝子は特許になるか

 約2年前、アメリカのNIHが、ヒトの脳から分離された脳特有の情報を含むと考えら れるRNAからのcDNAを2000種以上特許申請した。ヨーロッパ諸国からの強い反対も あって取り下げられたものの、遺伝子の特許問題はHUGO倫理委員会でもアメリカ対ヨ ーロッパの対立を背景に重要な課題となっている。


II.日本における「遺伝」と「遺伝子」

 以上の3例はいずれも国際的に現在も重視されている問題点であるが、日本ではピンと こない話題かもしれない。

 1.治療できない疾患の遺伝子診断

 しかし、ハンチントン病では日本でも同様な問題に直面している研究者がある。1996年 、京都で開かれた遺伝子と倫理の会合で、金澤一郎教授(東大)は、「治療法のないハン チントン病の発症前の遺伝子検査を自分は断っている」と述べられた。それに対し、和田 義郎教授(名市大)は、「第一人者の金澤教授に断られた人は、必ず他の医師に相談に行 くに違いない。そしてその医師は金澤教授ほどの専門家ではなくて、誤った助言、指導を するおそれがある。金澤先生、先生は逃げてはいけないのです」と強く求められた。金澤 教授は「う〜ん」とうなって、「真剣に検討します」と答えられたが、遺伝の臨床と遺伝 子研究のギャップを象徴する論議であった。

 このような現場の悩みを知らずに、ある本は近年の遺伝子研究のすばらしい成果という 形でのみハンチントン遺伝子クローニングを賞賛していたが、遺伝子研究が進めば進むほ ど、このお二人(私はお二人の議論に敬服したので、実名で記させていただいた)のよう な診療上の倫理的配慮が不可欠となるのである。

 2.「遺伝」はタブーか

 子供が生まれた時、「遺伝病にかかっています」と医師から伝えられたら、両親はどん な反応を示すだろうか。日本で豊富な遺伝相談の経験を有するとともに、アメリカとオラ ンダでそれぞれ1年ずつ臨床遺伝学の実地の勉強をされた川島ひろ子医師(金沢保健所) は、〈表1〉のような比較を示している3)。日本人にとっては、ああそうだな、と思える内 容であるが、私がこの内容を国際会議で紹介すると、先進国である日本で、こんな反応と 対応が今日もあるなんて信じられない、と一様に驚き、表のコピーを何人もから求められ た。もちろん西欧諸国の人である。

 いわゆるユダヤ・キリスト教思想の国では、妊娠中に妊婦の不摂生が原因で異常な子が 生まれたのなら親の責任であるが、遺伝なら神様の御意志である、との割り切りがある。 それが正しい、というのではないが、結果としての親、家族の意識の違いは正反対に近い 。日本では、医師は「遺伝」を口にしたがらない。医師が言っても家族は耳をふさぎ、そ の医師から離れたりする。遺伝の告知はがんの告知以上に難しいのではないか。

 なぜ日本人にそのようなタブーがあるのか、私は日本人だけでなく、アジアに広く共通 していると認識している。HUGO倫理委員会は、14人の委員のうち私以外の13人はユダ ヤ・キリスト教思想のいわゆる白人であるため、私は激しく対立することがある。そのた びに、私は、あなた方13人は世界の人口の10%くらいしか代表していないことに留意して ほしい、と訴える。最近やっとこの主張が少し通り、中国から委員を迎えることになった 。

   表1 遺伝病患者の子供への家族の対応の日米比較(文献3)から抜粋)
   
  日  本アメリカ
誰が、先ず最初に遺伝外来を訪れるか? 母親
しばしば母親の来院は他の家族には秘密
両親そろって
家族が、一番気にしていることは? 家名 患者の幸福
遺伝性疾患に対する家族の反応は? 家の恥 運が悪かった
障害児が生まれたのは誰のせいか? 自分が生んだということで母親は責任を感ずる
家族は障害児を生んだことで家名が傷ついたと母親を責める
時には離婚になる(特に病気が母親側から伝わったことがわかった場合)
遺伝だからしようがない
誰のせいでもない
家族全員が痛みを分かち合う
もし、この子が家にいるとしたら誰が世話をするか? 母親が一人でする
他の家族は余り手伝わない
しばしば実家の祖母が手伝う
家族全員が協力して世話する
世間の人はこの家族をどんな目で見るか? わが家のことでなくてよかった
あの家の血をひいた人とは結婚しない方がいい
わが家にもおきうることで
他人事ではない
私達にできる事があったら喜んでお手伝いします

 3.遺伝教育の極度の欠如

 これだけ遺伝子の研究が進み、医学において遺伝の問題が重視されつつあるはずなのに 、日本では、遺伝が医学教育の中で極度に欠如していることの重大性を指摘したい。80校 ある医学部、医科大学で、解剖学や生理学などと並んで学部教育において遺伝学と名づけ られた講座(教授ポスト)は3校しかない。3年前に私自身が調査したアンケート回答で は、約半数が遺伝学の教育を行っている、とあったが、大半は分子遺伝学の教養レベルで あり、臨床遺伝学は皆無、ヒト遺伝学という位置づけすらほとんどなされていない。幸い 小児科領域では実際の医療の現場での必要性もあってか、実質的に臨床遺伝学の教育が行 われている大学もあるが、決して多くはない。その結果として、患者やその家族に対して 、正しく遺伝を理解してもらうような説明ができる医師が極めて少ないのが日本の現状で ある4)

 一方で遺伝子研究はどんどん進む。中には遺伝子の研究をしていると、遺伝の専門家と 自分で思ってしまう人もあるのではないか。そう書くのは、各大学へのアンケートに、将 来遺伝子と倫理の問題が生じても、自分たちの大学には十分専門家がいて対応できます、 との回答が大多数だったからである。

 私が強調したいのは、遺伝子の研究は、生化学的研究の一つの分野にすぎず、それに基 づいて遺伝を理解し、診療にあたるには、倫理的問題への深い理解を含む、重い課題を荷 う覚悟をしていただきたい、ということである。


III.優生保護法から母体保護法へ

 遺伝子診療と倫理・社会的問題を考える時、どうしても避けて通ることができないのが 優生思想である。

 優生学はヨーロッパで起こり、遺伝学の知識に基づいて民族を改良しようという主張は 、第二次大戦前のアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスなどで極めて強い支持を国民と 政治家から受けた。その歴史があるからこそ、西欧諸国の現在の反優生思想は厳しい。も ちろん、最大の汚点はナチスドイツの優生思想に裏付けられたユダヤ人虐殺である。それ が遺伝学者の提唱に基づき、精神病患者やジプシーの排除(断種)から始まったことは詳 しく調べられている5)

 日本でもナチスドイツを手本とする民族改良運動を遺伝学者が強く支持したことは、 〈図2〉のような展示が、日本遺伝学会の名で行われたことからも明白である。西欧諸国との大 きな違いは、第二次世界大戦後も、ヨーロッパから離れていたせいか、ナチスへの批判を 全く欠いた「優生保護法」が、大戦直後の1948年(昭和23年)に制定されたことである。

   図2 1939年(昭和14年)の日本遺伝学会主催の展覧会での展示例(日本遺伝学会発行のパンフレットより)


 1996年に母体保護法へ改正されるまで、実質的に適用された例は少なかったとはいえ、 存在したこの法律は、遺伝病患者に優生手術(不妊手術)を行うことを定めたもので、具 体的な適用病名まで附記した優生思想そのものであった。母体保護法への改正では優生手 術に関する条文がすべて消されているが、その動機は国際会議での、日本人参加者の告発 に基づく外国からの批判による、と伝えられている。

 しかしながら、ほとんど審議されず(反省もされず)改正された結果、優生思想そのも のの論議がそれを機になされるチャンスを失ったのではないだろうか。ここでは詳しく論 じる余裕がないが、現在は母体の健康(身体的または経済的理由による)のみに限られて いる人工妊娠中絶を、実際には行われている胎児の異常を理由として認めよという、いわ ゆる胎児条項導入の動きと、それを障害者の否定ととらえて批判する人たちの対立をはじ め、倫理・社会的課題を多く残した改正であった。一つの動きとして、私も会員である日 本人類遺伝学会理事会の声明を引用しておく〈表2〉

   表2 優生保護法改正に関する日本人類遺伝学会理事会の声明と厚生大臣への書簡

■おわりに

 遺伝子診療における倫理・社会的問題は、私の手もとにある外国の資料だけでもすでに 20cm以上の厚さに達していて、とうていこの短文では論じきれない。はっきり言えること は、日本でもっともっと論じ、一人一人の医師が考え、社会とともに進むべき方向を検討 すべき重要な問題である、と強く訴えたい。そしてその基本となるのは、世界人権宣言( 1948年、国連)の冒頭にある次の言葉であろう。「すべての人間は、生まれながらにして 自由で、尊厳と権利について平等である」6)

 いろいろな遺伝子が、ある分布をして人間を構成している。そこにはいい遺伝子も悪い 遺伝子もなく、それが生物の本質であり、人間も生物の一種である、という認識から出発 しない限り、遺伝子をめぐる倫理問題への答えは見出せないであろう。



文 献
1)J.E.ビショップ,M.ウォルドホルツ,(牧野賢治,他訳):遺伝子の狩人,第1章,17-47,化学同人,1992.
2)Science,vol.279,Aug.9,727,1996.(記事)
3)川島ひろ子:ヒトゲノム研究と社会(藤木典生,D.メイサー,編),152-154,ユウバイオス倫理研究会,1992.
4)武部 啓:精神難病,ヒトゲノム研究と社会(藤木典生,D.メイサー,編)252,ユウバイオス倫理研究会,1994.
5)B.ミュラーヒル:ホロコーストの科学−ナチの精神科医たち(南光進一郎監訳),岩波書店,1993.
6)高木八尺,他編:人権宣言集,403,岩波文庫,1957.


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